“伊豆の瞳”とも呼ばれる伊東市吉田の景勝地・一碧湖は10日、命名から99年を迎える。古くは大池と呼ばれていたが、1927年に漢学者の杉山三郊(1855~1945年)が名付けた。来年の100周年を前に、市教育委員会社会教育指導員の石渡美智代さんが当時の経緯を調べ、三郊の伊東での足取りを明らかにした。
調査を続けていた石渡さんは、一橋大からの情報で三郊の日記の現存を知り2023年、神戸町を訪ねた。日記を閲覧し、1927年2月7~10日に三郊が伊東を訪問したことを突き止めた。当時、一碧湖周辺の観光開発に携わった山中福蔵の仮住居で、10日に命名式を挙行していた。
日記によると、三郊は福蔵から開発計画を説かれ伊東への来訪と湖の命名を依頼された。福蔵からは旅費とみられる電信為替50円(現代の20万円相当)も送られている。
命名から5カ月後の7月、大阪毎日新聞社・東京日日新聞社主催の「日本百景」に一碧湖が選出された。石渡さんは「観光開発の中で命名を求めたのだろう。百景選出で一気に知れ渡った。百景ははがき投票で決まるため、地元から多くの投票があったようだ」と話し、「100周年に向け、経緯を伝えていきたい」と述べた。
