松崎町出身で明治時代に北海道に渡った十勝開拓の祖である依田勉三(1853~1925年)が没し、今年12月で100年を迎える。出身地である同町の環境改善センターで15日、「依田勉三100年忌 記念式典・記念講演会」(実行委員会主催、伊豆新聞本社など後援)が開かれた。参加した町民ら約120人が、没後100年の節目を迎えた同町出身の偉人をたたえた。
記念式典では、伊豆学研究会の橋本敬之理事長や来賓があいさつした。その後、温泉施設を造るため改修した際に新たに発見した手紙や備忘録など1455点の資料の報告、紹介を行った。橋本理事長は「父親代わりの兄など親族に支えられて北海道開拓をしていた。家族、兄に対しての甘えもあったのではないかと資料から読み取れる」と話した。
報告後は、丸高愛郷報徳基金の協力で橋本理事長が購入した勉三のいとこの依田善六らの写真を町に寄贈した。橋本理事長が平馬誠二教育長に目録を手渡した。
会場には北海道帯広市の特産品などを販売するコーナーも設置し、人気を集めた。後半は、同市出身で講談師の神田茜さんによる講談も行われた。今回のために創作した「依田勉三物語」を熱の入った語りで、聴衆を引き込んだ。
【解説】 依田勉三 伊豆国須賀群大沢村(現松崎町)生まれ。北海道開墾を目的に結成された「晩成社」を率いて北海道帯広市を開拓し「帯広開拓の父」と称される。松崎町では兄の佐二平、叔父の土屋三余とともに「松崎三聖」とも称されている。
