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「稲取夏祭り」が存続危機

 昔地域を苦しめた疫病撃退のため大きな神輿(みこし)を勇壮に担ぎ、伊豆半島でも一、二の激しい暴れ神輿で知られる東伊豆町稲取の稲取夏祭りが、全国的な悩みでもある少子高齢化や若者の流出で、来年以降の存続に黄信号がともっている。稲取名物の「どんつく祭り」(今年から休止)の原形ともなった祭りで、今年は7月13~17日に実施が決まっているものの、実動の中心である若者組織が今年いっぱいで解散方針の区や、若者組織の解散後に支えてきたOBらの組織が解散してしまった区もあり、先行きが危ぶまれている。
 稲取の三島神社(西区)、八幡神社(東区)、素盞鳴(すさのお)神社(田町区)、愛宕(あたご)神社・山神社(入谷区)では明治時代まで、4区が独自に祭りを実施。だが1885(明治18)年、国や県の指導で統合した。その際、大きな川がない稲取では江戸や明治時代に飲用の川水で多くの住民がコレラで亡くなり、疫病除けの牛頭(ごず)天王が祭神の素盞鳴神社を祭りの中心に据えた。
 長期の祭りも特徴で、5日間の祭り期間中は各神社の神輿渡御祭・還御祭や三番叟(さんばそう)奉納のほか、素盞鳴神社の神輿町内巡幸・還御祭が行われる。素盞鳴神社は108段の長い階段があり、最近は階段にひな人形を飾るイベントが有名だ。
 町内巡幸は以前、1戸1人参加が原則で、昔は100人以上、最近では50~60人が出ていたという。だが近年は少子化に加え高校卒業後、進学や就職で町外に出る若者が増え、神輿の担ぎ手が減少。それまで山付きの入谷を除いた3区が3年に一度当番町として全地区を回ってきたが、2015(平成27)年に人手不足を補うため、自分の町内はその区が担ぐリレー形式に変更し、還御の当番は存続させた。
 その間にも西区は若衆組織が13年に解散、以降はOBを中心にやってきたが、それも2年前に解散。田町区も若者らを中心にしたしゃぎり会は新入会員が集まらず、今年を最後に解散を決めた。各神社の総鎮守である稲取八幡神社の稲岡孝宣宮司(55)は「素盞鳴神社の神輿は500キロ以上あり、若者の減少で長く急な階段を下ろす渡御祭や同神社に神輿を戻す還御祭ができるか?」と懸念する。

      7月 6日の記事

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